百円玉

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しがない小説家の私は、やっと貰えた連載小説の締切が後一週間と迫っていた。しかし、最後のオチが思い浮かばない。

気分転換をしに散歩へ出かけた私は自動販売機で煙草を買った。家に帰ると釣り銭の百円玉が私に話し掛けてきた……。

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恵比須顔の百円玉

連載小説の締め切りまで、後一週間しかない。まだ最後のオチが思い浮かばない。 気分転換に散歩にでも行こうかな。

季節外れの寒波が続く日々、春のあの高揚感はまだ感じられないと物思いにふけながら私は歩いていた。

自動販売機の前で立ち止まり、千円札を入れ煙草を買った。

お釣りが全て百円玉で出てきた……。

そんな事で、いちいち腹を立てる程の事ではないが少しだけ私の顔は無愛想になり、そのまま釣り銭を取った。

何気に釣銭を見てみると、その中に一枚だけ見慣れない百円玉がある。

何かの記念硬貨か……?

通常の百円玉より少し小さく、百の裏面は恵比寿顔のような絵柄だった。

見たことないな……変なコイン……。

私は家に戻り、小説の続きを書き始めた。

「おいっ! そこのお前」

ん?

どこからともなく声が聞こえてきた。

空耳か……。

「お前だよ。そこにいるお前だよ」

「誰だ?」

辺りを見渡したが誰もいない。気味が悪いな、疲れているのかな?

そう思っていると、また声が聞こえてきた。

「机の上をよく見てみろよ」

机の上を見ると、灰皿と煙草とさっきの釣り銭しかない。

「俺だよ……」

あの変な百円玉がカタカタと動いている。

これか?

「おい、裏返してくれよ」

私は恐る恐るその百円玉をめくった。

なんだ? これは……。

絵柄の恵比寿顔が動いている。そして、私の方を見つめている。

夢でも見ているのか?

その百円玉は、ゆっくりと私の方へ近づいてきた。私がその様子をじっと見ていると、百円玉はこう言ってきた。

「お前、俺の事を変なコインと思ってバカにしているだろ?」

百円玉は何やら怒っているようだ。

「えっ? バカにはしていませんけど……」

なぜか私は丁寧語で話している。

「珍しいだろ? 俺は他の百円玉より偉いからな!」

「偉い?」

「希少価値があるという事だよ!」

私は普通に百円玉と会話をしている。頭がおかしくなったのか、それとも精神的に壊れてしまったのか……。とりあえず煙草でも吸って落ち着こう。

私は煙草に火をつけ、煙を深く深呼吸しながら肺に入れた。

夢の中

そういえば最近、色々あったからな……。

わがままで、なにかと振り回された彼女とも別れたし、突き指と思っていたら骨折していたし、まだ春なのに日焼けで顔が痛いし……。

「おいっ! 何シカトしているんだよ」

「…………」

私は冷静になって、その百円玉に話し掛けた。

「なぜ、百円玉が私に話しかけてくるのですか?」

「それは、俺が特別な百円玉だからだよ!」

「特別?」

私は意味がわからなかった。

「そんな事より、おまえは運がいいぜ。俺と出会えたことがな」

「どういうことですか?」

「俺を一週間以内に良い事に使えよ。そうすれば良い事が起こるから」

「百円で良い事ですか?」

「お前、やっぱりバカにしているな」

「そういう意味では……」

私は少しだけ焦った。

「お前は小説家か? どんな本を書いているんだ?」

「えっ? その方向から見えるのですか?」

「音と一人言でわかった……」

「今書いているのは、小便がずっと止まらない話ですけど……」

「おまえ、病んでるな……」

私は最近色々ありすぎて、ろくに寝ていない。だから、百円玉が話しかけてくる様な訳の分からない事になっているのだ……。ぐっすり眠れば治るはずだ。

「違うよ」

「…………」

「後一週間以内に俺を良い事に使わなければ……」

百円玉は途中で話さなくなった。

「何が起こるの?」

百円玉に聞き返したが反応がない。手に取って、もう一度聞き返したが、そんな自分が少し恥ずかしくなってきた……。

今日はもう寝ようと心の中でつぶやき、布団の中に潜り込んだ。

本当に疲れているのだろう。そう自分に言い聞かして深い眠りについた。

小さな男の子

ここはどこだ?

樹海の様な森の中にいる。

夢の中か?

久し振りに夢の中にいると認識している自分がいる。過去に何度かこのような体験をした事がある。

目の前には小さな子供が泣いていた。男の子だ。

「どうしたの?」

私は優しく声をかけた。

「僕、食べられちゃうよ……」

男の子は震えている。

「誰に食べられるんだい?」

「変な顔があるコイン」

「百円玉の事かい?」

「そうだよ。一週間以内に良い事に使わないと食べられちゃうんだ。後一日しかないんだ」

「寄付とか、そういう事に使えばいいと思うよ」

私がそう言うと、男の子は首を横に振った。

「じゃあ、良い事に使うってどういう事かな?」

私がそう尋ねると男の子はこう言った。

「多分、使った自分自身が幸せな気持ちになる事だと思うよ」

そう言って、男の子はゆっくりと歩いて行った。

幸せな気持ち?

場面が変わり、辺りは緑一色に染まっており、良く晴れた村の中にいる。一人の若者が必死の形相で私の所に走ってきた。

「助けて下さい! このままでは殺されてしまいます」

若者の額からは尋常ではない冷えた汗が流れているが、顔色はそんなに悪くない。

「誰に殺されるのですか?」

「変な顔があるコインです」

「百円玉の事ですか?」

「そうです。一週間以内に良い事に使わないと殺されてしまいます。後一日しかないんです」

「困っている人に差し上げるとか……」

私がそう言うと、若者は首を横に振りながらこう言った。

「自分にとって価値がある事に使えばいいと思うよ」

そう言い残して若者は、また勢いよく走って行った。

何の前触れもなく突然、私の歯が一本抜け落ちた。そして、また一本。次から次へと上の歯が、どんどん抜け落ちていく。確か歯が抜ける夢は不安の表れと、誰かから聞いた様な気がするな……。

私は不安なのか?

目が覚めると私はすぐに机の上を見た。恵比寿顔の百円玉は話し掛けてこない。

やっぱり疲れていただけなのか?

お別れ

私は、元小説家でもあり、古銭に詳しい叔父さんの所へ相談をしに行った。

「これは珍しい硬貨だな」

叔父さんはしばらく、その百円玉を眺めていた。

あの……、信じられないかも知れませんがその百円玉が話し掛けてきました」

私がそう切実に言うと、叔父さんは暫く考えてこう言った。

「お前は運がいいぞ! 俺に出会えた事が! とか言われただろ?」

「そうなんです。意味がわからなくて……。でも、なぜそれを?」

叔父さんは笑みを浮かべながら話し始めた。

「おじさんも昔、同じような事があったよ。おじさんの時は切手の絵柄が話し掛けてきたな」

「切手ですか……」

「一週間以内に良い事に使えよと言われたよ」

私と同じだ……。

「当時は色々な事がありすぎて、ただ疲れているだけだと思っていたし、ぐっすり眠れば大丈夫と思っていたが……」

「それで、どうなったのですか?」

私は少し緊張した。

「良い事に使ったよ」

叔父さんはそう言って百円玉を返した。

「良い事って何ですか?」

私がそう聞いても叔父さんは黙ったままだった。家に帰り、机の上に百円玉を置き、執筆の続きをした。駄目だ。何も思い浮かばない。

このままでは締め切りに間に合わない。連載小説の仕事が終わってしまう。左手で頭皮を数回すばやくかき、悩み苦しんでいると、あの偉そうな声が聞こえてきた。

「何もそんなに思い詰めなくてもいいと思うぜ。たまには気楽に終わってもいいと思うけどな……」

恵比寿顔の絵柄は満面の笑顔だった。私はそう言われて、何かが吹っ切れた感じがした。

止まっていた手が嘘の様に動いていく。最後のオチを書き上げる前に、私は百円玉にお礼を言おうとしたが恵比寿顔の絵柄はなく、普通の百円玉になっていた。

私はなぜか幸せな気持ちになり、春のあの高揚感を少し感じつつ、煙草に火を付け『最後のオチ』を書き上げた。

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